浅見定雄氏の批判
アダムの年齢「930歳」やノアの年齢「950歳」をみな史実としている(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』20ページ)。
批判に対する回答
この問題も前項の問題(人類歴史をたった6000年のことと見なしている)と同様である。アダムやノアの年齢も摂理的意味をもって象徴的に書かれているものであって、『講論』は彼らの年齢を史実とみなしていない。ところで、このように表現されてきた背景をいかに考えるべきか、以下に若干の考察を加えておきたい。
この種の年齢の問題に関しては、これまでにも、①ここで記載されている名前は個人のものではなく、世襲の家名であろう(例えば王朝のごときもの)、②ここでの1年は現在の12ケ月の1年よりもずっと短かったのではないか、③一般に太古の年表は文字どおりではなく象徴的数字で記載されていた、など様々な意見が出されてきたが、一般的に難解なところとされている。これについては『聖書の考古学』も、(この驚くべき年数の原因と意味は、……解き得ぬ謎として残っている」(講談社14ページ)としている。しかしながら、われわれに参考になると思われるのは、前述③項にも関係するが、これらの物語成立の背景をなすオリエント地方の神話に関する事柄である。
オリエントを中心とする古代社会の神話のほとんどには、洪水神話が含まれているが、そこでは人類誕生から洪水までの期間を10人の異常に長い寿命の王の名前で説明されている。例えば『聖書ハンドブック』(聖書図書刊行会71ページ)によれば、BC300年頃のバビロニアの歴史家ベロッソスは、マルドゥク神殿の記録保管所の古代記録から調べたものとして、一代で一万年から六万年を統治したとする以下のような十人の王を挙げている〈アロロース→アラパロス→アメロン→アムメノン→メガラロス→ダオノス→ユードラク→アメンプシノス→オチアルテス→クシストロス、そしてクシストロスの時に大洪水が起こった〉。
また、バビロンの南東ニップルで発見された五万枚からなるBC3000年代の粘土板と、ウルの北方の町ラルサで発見されたBC2170年に書かれた角柱(ウェルドの王朝角柱)には以下のような洪水前までの10人の名とその王たちの統治年数が記されていた〈アリュリム(2万8千年)、アラルマール(3万6千年)、エメンルアンナ(4万3千年)、キチュンナ(4万3千年)、エンメンガランナ(2万8千年)、ズムジ(3万6千年)、ジブジアンナ(2万8千年)、エメンズランナ(2万1千年)、ウブルランツム(1万8千年)、ジンスズ(6万4千年)、それから洪水が大地を覆った〉。
これに対して、聖書は創世記5章でアダムからノア(洪水)までの期間を次の10人の長寿の人物で説明している〈アダム(930歳)、セツ(912歳)、エノス(905歳)、カイナン(910歳)、マハラレル(895歳)、ヤレド(962歳)、エノク(365歳)、メトセラ(969歳)、レメク(777歳)、ノア(950歳)〉。
ところで、このような古代オリエントの神話と聖書の記事との類似性については『新聖書注解・旧約1』は次のような見解を紹介している「カスートは、この系図における歴史性の特徴をバビロニア伝承との比較を通して見ている。原初の世代の十人の頭についての伝承は、古代東方の諸国民の間に数多く存在していた。
バビロニア、エジプト、ペルシャ、インドの諸例のうち、よく知られているのがシュメール人の王のリスト、五章(創世記)の系図に最も近いのがバビロニアの王のリストである。後者は、洪水前後のそれぞれ十人の王たちについての伝承である。王たちの治世が一万年から六万年という大きな数字であることでは全く異質。しかしリストの七番目がアダムから七番目の〈エノク〉を思わせる人物、十番目が洪水物語の英雄で、同じ十番目の〈ノア〉に相当する人物であることなど著しい類似点もある」(いのちのことば社、104ページ)。
おそらくこのようなオリエントの各地に存在する類似した神話は、互いに影響を与えながらそれぞれ成立したと考えられる。
アダムからノアまでの十代については、合理的な理解の仕方として、この間の代表的な十人の人物が選ばれ、ある期間(神が啓示すべき意味を持った期間)を満たすため、長寿の年齢が彼らの上に表示されているのだと考えることもできるであろう。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より)