「『原理講論』は盗作」批判に対する徹底反論

原理講論
原理講論

教理剽窃是非に対する釈明
-剽窃うんぬん、とんでもない話-
柳 光烈

剽窃の意味
国語辞典によれば剽窃(ひょうせつ)とは、「詩や文を作るのに他人の作品の一部をひそかに取って書くこと」と定義されている。剽窃とは明らかに芸術作品の創作と発表の過程で多く問題にされることである。

分かりやすい言葉でいえば、剽窃とは「文章泥棒」である。健全な常識は剽窃を「真理泥棒」とは考えない。したがって今、統一教会の原理に関して、剽窃のいかんを解明しようとすることは、根本的には時間の浪費で、無意味なことだといえる。なぜなら、教理は真理の範疇に属するものだからである。真理はある発明家の特許品でもなく、ある詩人や作家の作品でもなく、ただひとえに人類共有の道理なのである。

世間で、同じだったり似ているものがあった時に、どちらかが剽窃だから剽窃した方は撤回せよ、といつも言っていたら、人々は、発展や生産的なことをおいても、年中けんかに明け暮れるようになるだろう。

イタリアの気候と韓国の気候が剽窃問題で争い、AとBの血液型が同じだからといって、どちらかがどちらかを真似たんだろうとけんかし、この団体とあの団体が、どんな剽窃の経路を通して「愛国」をその団体の目的に打ち立てるようになったのかを明らかにしなければならないだろう。

そしてすべての宗教団体が、その教理の共通点がなくなるまで、戦闘をし続けなければならないだろう。カトリックはプロテスタントに、「どうして人の聖書を盗用するのか」と「聖書禁止仮処分申請」を提起し、また既成キリスト教会は統一教会に「なぜ他人の神様を父と信じ、他人のイエスを救世主と信じるのか」と、剽窃騒ぎを起こさなければならない。

しかし神は、いくつかの教派の人たちだけの神、つまりそういう局限性を帯びた神ではない時に、むしろ初めて真の神になるのであり、「キリスト教徒だけのイエス」の意味を越えて、世界万民のイエスである時に、その時初めてイエスは、真のメシヤの位置に立つようになるのである。

何か言ったからといって、それが全部言葉になるのでなく、必要な言葉を必要な時に語る時にその言葉が価値をもつようになる。こう言ったからといって、統一教会がある特定教団の教理を借りて使ったり是認したり、正当化しようとしているのでは、決してない。

剽窃問題の発端
今まで統一教会に関して、教理剽窃が正式に問題化したことはない。それは根本的に問題になる性質のものではなかったからである。ところが去る(注:1975年)5月19日、ソウルセムアン教会で「統一教批判講演会」というのがあり、その演説者の一人である朴英官氏が〈歴史的批判〉と称して語った言葉の中で、統一教会の文鮮明先生が金百文先生のイスラエル修道院から教理を剽窃した、と公表したのである。あるいはこれが今、教理剽窃問題という、なくもがなの説明をしなければならなくなった、そのきっかけであったのかもしれない。

朴氏の公表した剽窃問題とその真相
まず、朴氏の語った内容を正確に紹介してから、項を別にして解答を提示しようかとも思ったが、便宜上適当に区切って問題点と真相の説明をし、それぞれに処理した。

朴氏は「『原理講論』は『基督教根本原理』の剽窃である」と宣言した。氏はまるで自分が宗教裁判官であるかのような態度をとったが、たとえ骨の髄まで見透かされる神様であっても、教理剽窃うんぬんといった式の判決などは下されないだろう。朴氏はまた次のように語った。

「基督教根本原理から剽窃したのです。それは年代的に、構造面から、核心思想から見てそうなのです。今から20年前に、金百文が京畿道・・・・・・にイスラエル修道院を立て、そこで3年、3年、3年と9年間キリスト教の根本原理を教えた時に、二人の人が熱心にそこで学びました。一人が統一教会の文鮮明で、もう一人が朴泰善です」――まるで自分の目で見てきたように言い放った。

ところが、20年前(注:1955年に該当)という言葉自体が当たっていない。それはまあ、子供っぽい当てずっぽうだったのだろうと、了解することにしよう。朴氏の言葉は事実、ほとんどが間違っている。

先生は解放(終戦)の年(注:1945年)の秋から翌年の春まで、そのころはまだ修道院は発足前であったが、金百文先生の集会運動の草創期に、朴氏が指摘した京畿道のとある田舎のイスラエル修道院ではなく、上道洞(ソウル)礼拝所(正式名称ではない)で約六ヵ月の間補助引導師をされ、やがてそこを出られたことはある。しかしその田舎にあるイスラエル修道院で……二人が熱心にそこに出向いて学んだというのは、全く根拠のないことで、それこそ誰のどんな小説を剽窃して話をつくり上げたのか、理解に苦しむ。

朴氏は、「一人が統一教会の文鮮明だ」と言うけれども、文先生は朴氏が語るそんな主人公としての一人ではなかったし、さらに朴氏が、「もう一人が朴泰善だ」と言うが、あるいは朴長老本人は肯定するかもしれないけれど、私たちの知るところでは、彼はその時そこに一緒にいた事実は全くなく、そればかりか、文先生と朴長老とはいまだかつて一面識もない間柄である。そうした二人を金氏の二大弟子でもあったかのように、わざと粉飾して言ってもかまわない、そんな特権が朴氏にあるのだろうか。

また朴氏は両方が出した本の出版年代を挙げて、次のように言った。

「基督教根本原理は、1958年3月2日出版、原理講論は1966年で、年代的に見ても原理講論があとだ」。

上記の言葉自体は間違いではない。ただもっと適切に言うべきことを、わざと省いたまま、自分に都合のいいように語ったところに問題があるのであって、この内容は真実ではない。

朴氏は、もう少し学者らしく、またもう少し正確な批判をするためには、次のように論証すべきであった。

「統一教会の原理解説が発行される三年前に、耶蘇教イスラエル修道院(金百文)から『聖神神学』という本が出された。その本の目次を見ると、第1課-聖子経路(ヨハネ1章、第2課-重生論(ヨハネ3章)、第3課-聖神神学(ヨハネ3章)、第4課-救援論(ヨハネ3章)、第5課-礼拝学(ヨハネ4章)、第6課-聖体論(ヨハネ6章)、第7課-キリスト観(ヨハネ7~14章)、第8課-信仰結果論(目的論的結果原則、ヨハネ15章)、第9課-創造前世界(ヨハネ17章)となっている。それから3年後、1957年(檀紀4290年)8月15日に統一教会から発刊された『原理解説』の目次は、前編、第1章-創造原理、第2章-メシヤ降臨とその再臨の目的、第3章-人類歴史の終末論、第4章-復活論、第5章-堕落論、第6章-復帰摂理から見た予定論、第7章-エリヤとして再臨した洗礼ヨハネとイエスの再臨、第8章-キリスト論、後編-四位基台復帰を中心とした人類歴史の蕩減復帰路程、第1章-復帰基台摂理時代、第2章-復帰摂理時代、第3章-復帰摂理延長時代、第4章-復帰摂理完成時代である。二つを対比すると両者の間には、類似の痕跡は何もない。

前者が目次の表示を学校の教科書の方式をとって〈第○課〉としているのに対し、後者は一般著書の様式に従って〈第○章〉と表示している。そして双方の目次には同じ単語が一つもないだけでなく、構造面でも大きく異なっていることはたやすく分かる。

前者はヨハネの神学を分析、検討、整理し、再構成した各論を列挙したところに特徴があるが、後者は神学上、いや信仰上基本となるいくつかの主項目を前編に収録したあと、後編で神の復帰摂理歴史の展開の実際相を綿密に説明、描写した。

そして前者の神学の目次には、「聖子経路」「重生論」「聖神神学」「救援論」「礼拝学」「聖体論」「信仰結果論」「創造前世界」といったようなものがあるのに比べ、後者の原理解説には、前者のものとは非常に異なる「創造原理」「メシヤの降臨とその再臨の目的」「人類歴史の終末論」「復活論」「堕落論」「予定論」「洗礼ヨハネとイエスの再臨」などがあるほか、約半分の量を後編の復帰摂理歴史が占めている。

このように両者間の各主題でさえ95パーセント以上が相違し、ただ一つ、前者が「キリスト観」を、そして後者が「キリスト論」を書いているだけだ。

キリスト教神学の各分野を総合的に論述した著書であれば、どんな正統的な基督教神学者の著書であっても、『聖神神学』や『原理解説』と照合してみれば、相似点は多々あっても、この二書の間の差異よりももっと大きな差異を発見することは、できないだろう。まず構造面からしてそうである。

三年前に出た『聖神神学』と、あとに出た『原理解説』の内容を調べてみると、『聖神神学』の中にも少ながらず「原理」という単語が目につくのが特色ある点といえるだけである。そのほかには、原理解説の方で聖神神学を参考にしたといえるような痕跡は何もない。

文鮮明先生か記した『原理原本』と先生の話された内容を総合的に整理して、劉孝元協会長(当時)が原稿を書き、これに柳光烈文化部長(当時)が文章の修正を加え、そしてまた文鮮明先生の監修を経て刊行したのが『原理解説』であるし、その上、この本の製作過程において、『聖神神学』という本が出ているという事実すら、知ることができなかったのが本当のところである。

朴氏の主張どおり教理剽窃の意図があったとすれば、まずこの最初の著書からそれが始まっていなければならないはずである。二つの本の出版年代の差異が三年であるということは、後の者は十分に前の者を写したり、適当に変えてしまうことができるからである。

一方朴氏は、1966年に出た『原理講論』は1958年の『基督教根本原理』よりも遅いと指摘し、そして構造面でも、また核心にある思想も、互いに同じであると主張している。

しかしたとえ同じ点があろうと、金百文先生の方も文鮮明先生の方も誤ったことはないのであり、ただ、偶然か、そうでなければ、霊通した根源が一つの神なので、ある程度同じでありながら、また二人がいろいろな面で互いに異なっているように、それなりの差が二つの本の間にもあるのかもしれない。

正に年代順にいうならば、かえって朴氏の主張とは正反対の結論が出るが、すでに1954年に出た聖神神学の序文(啓)に本章と共に未来に伝えるキリスト教三大原理書という予言があったので、基督教根本原理(1958年刊)が統一教会の原理解説(1957年刊)を剽窃していたとは、少しも考えない。しかし、表れた事実と経緯だけは、明らかにし少数の誤者の認識を正しめたい。

①上述したように、1954年3月2日に出た金百文先生の『聖神神学』と、1957年8月15日に出た統一教会の『原理解説』は、必要があれば十分に前者を模写する時間上の隔たりがあったのだが、両者は少しも似たところがない。朴氏の主張を裏づけるだけの剽窃行為をしなければならなかったとすれば、この段階しか機会がなかったにもかかわらず、統一教会側では、何年か前に『聖神神学』という本が出ていることも知らないまま、ただ自分たちの講義をし、自身の原稿をのみ執筆してきて、1957年に自体の必要性によって、『原理解説』を発刊したのである。

②『原理解説』が出てから半年足らず(1958年3月2日)で金百文先生の『基督教根本原理』が出たのだが、これが構造面から一見すると、統一教会の『原理解説』と非常に似通っていた。つまり、編、章、節というふうに体系的に論理を展開するばかりでなく、構成も第1編-創造原理、第2編-堕落原理、第3編-復帰原理と大別して、朴氏のような人物がこれを詳細に前後をわきまえてよく見たら、金百文先生が統一教会の原理を剽窃したのだ、という結論を出すのにあつらえ向きになっている。しかし筆者の見るところでは、この両者の間には、少なくとも意識的、故意的な剽窃関係はなかったと断言したい。金百文先生の『基督教根本原理』が、わずか半年の間に統一教会の原理解説の模写作業をしてしまうのは、とうてい不可能である。それは菊判(注:縦218mm×横152mm:A5判よりやや大きい)850ページ近い膨大な本であり、また前に述べたとおり、1954年度の『聖神神学』が出る時から計画されていた本であるからである。

ただ目次の編成や論理展開の構成が、統一教会の『原理解説』のそれと近似しているが、『原理解説』とは全く関係なく、6.25事変(韓国動乱)直後に出した最初の本(聖神神学)に比べて時間的余裕があったので、実務者によっていくらでも、学術書に使う一般様式を導入したり、また日進月歩の洗練を期すことができたからである。

③また朴氏は、いい加減にも、1966年5月1日に出た『原理講論』を持ち出して、1958年に出た『基督教根本原理』よりも年代的にあとであると、何か大きな発見でもあるかのように声を大にしているが、そんな言い方をすれば1958年に出た『基督教根本原理』は、1957年に出た統一教会の『原理解説』よりあとだ、ということもできるのだが、そんなにわとりか玉子かというような論難までしなくても、これに対する反証の資料はいくらでもある。朴氏には申し訳ないことだが、統一教会の『原理講論』は、統一教会から最初に出た本でもないし、一番新しい本でもない。『基督教根本原理』に先立って出た『原理解説』の改訂版で、再版と変わるところのない本であることを、今、遅ればせながらでも認識し、その見解を正さなければならないだろう。

人のことを言おうとするなら、もっと注意深く調べてみる手間くらいは惜しまないでもらいたい。

また朴氏自身が『原理講論』以前に『原理解説』がすでに出ていたことを知っている以上、二つの本を対照して互いにどんな差異があるかくらいは調べておいたら、こんな無謀な失敗はしないで済んだはずである。

結 論
結論はこうである。朴氏のやり方のように、双方の教理書を取り上げて年代順に考えたり、またその表れた結果をもって見るならば、あたかも金百文先生の『基督教根本原理』が統一教会の『原理解説』を模倣したかのような印象が濃いけれども、その著作経緯をよく見ると、そんなことは全くあり得ず、それはそれなりの完全に独自的な教理書であることは疑い得ない。また『原理解説』もやはり、著作経緯から見て根源的に独自的なものであって、朴氏のいう剽窃うんぬんなどは、とんでもない話である。

文先生はたった半年とはいえ金先生と共にいたのだから、いくらかでも金先生の教理を聞いたのではないかと、あくまでも主張するなら、話はこの問題からそれていかざるを得ない。

文鮮明先生は、まだ修道院が出来もしないころ、ある礼拝所の、それも解放直後の混沌としていた時期に、補助引導師として半年間を過ごしながら、自由に往来する金先生と時たま接触されたが、そのまま北韓に行って教会を設立し、その後約3年間も厳しい監獄生活を送られた。

6.25以後、すぐに南下して避難の苦役を経たのちに、先生なりの福音伝播活動をして教理を広めたのであるが、そうした経緯を経ながらも、あのように世界の耳目を集めるほど、古い教理をよくよく考え、整理する能力をもっているのだから、その先生が、自らは何もせずに、人の教理を盗むような人柄であるはずがない。

文鮮明先生か他人の教理を剽窃した人物になるようにあくまで結論を導こうとすれば、朴氏は、文先生と他の全世界の神学者、牧師たちも共に、伝統的なキリスト教の教理を99くらい剽窃してから、別の特殊な人の教理も一つくらい剽窃したと計算しなければ、つじつまが合わなくなるだろう。百歩譲って、ある先輩、先生から文や真理を学んで自分のものにしたことが、すべて剽窃行為になると、規定するほかないとしての話である。

その代わり、その時には全世界の学者たちは一人残らず、剽窃行為者として自認しなければならないだろう。(『受難の現場: 統一教会受難とその真相』p.319~325)

自然を観察すれば神様が分かるって本当?①

地球 虫眼鏡 観察s浅見定雄氏の批判

『講論』は自然界を通して神のことが分かるとしているが、古代の「パウロ」にとってはともかく、現代人にとっては、この世界を観察して分かるのはあくまでこの世界の性質だけで、そこから神の性質など、知ることはできない。だからこそ神学という学問があるのだ(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』8ページ)。

批判に対する回答
自然を通して神を知ることは神学ではなく、聖書を通して神を知ることだけが神学であるとのことであるが、これも神学の初歩的認識すら無視した表現である。神学の中には自然を通して神を知るという「自然神学」ないしは「一般啓示」と、聖書などを通して神を知ろうとする「啓示神学」ないしは「特殊啓示」の二つの立場がある。もちろん「自然神学」「一般啓示」は認めない、と主張する人もいる。しかし、一方ではそれらを認める神学者も多くいるのであって、前者のような考えは決して一般的、客観的見解とは言えない。

かつては、バルトとブルンナーという二大神学者がこの問題を中心に大論争(イマゴデイ論争)したこともあったが、いまだに決着を見ていない。『講論』は、どちらかと言えば後者の方に立って、「自然神学」「一般啓示」にも位置を与えようとする。すなわち、人間は堕落したといえども、まだ、その中に、神の本性(かたち)が残っており、それゆえ、十分とは言えないまでも自然の中における神の啓示を理解する能力を持っていると考えるのである。このような立場に立って、『講論』は、自然界から、自然科学者は自然科学的に多くの真理を学び取るし、宗教者は宗教的(神学的)に多くの真理を学び取れると主張するのである。

ただし、『講論』は「神の言」すなわち「特殊啓示」を軽視しているのではない。もちろん「特殊啓示」は「自然啓示」より全面的に優先されるべきものである。しかし、自然を通して神を理解することも、特殊啓示の光に照らされてなされるところ、神を知るための有効な助けとなると考えるのである。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より、一部修正)

CiNii 図書 – 浅見定雄氏に対する反論 : 統一教会への教理批判に答える

統一教会の教義 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

原理講論 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

Amazon.co.jp: 原理講論―重要度三色分け: 世界基督教統一神霊協会: 本

人類歴史をたった6000年と見なしている?

日と月s浅見定雄氏の批判
人類歴史をたった6000年のことと見なしている(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』20ページ)。

批判に対する回答
『講論』で扱われている人類歴史六千年という数字は、あくまでも聖書の記述を中心とした摂理的数字であって、象徴的なものであり史実とは異なるものである。参考のため、以下に『講論』の思想的展開である『統一思想教材』(統一思想研究院)から一文を引用しておきたい「人類始祖出現六千年説には必ずしも固執しない。六千は六数に摂理的な意味があるのであり、実際には数万年以上あると見る」(208ページ)。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より)

「ルーシェル」という呼び名は統一教会だけ?

PEOPLE_61浅見定雄氏の批判
イザヤ14 :12の「明けの明星」を統一教会は「ルーシェル」と呼んでいるが、「ルーシェル」などという単語は世界中のどの言語にもない。統一教会だけの隠語である。これはたぶん、英語のLucifer(ルーシファ)の聞きちがいから生じたのである。ciを「シェ」などと発音するのも幼稚だし、fの音を落とすに至っては欧米語の音韻を知らない証拠だ(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』16ページ)。

批判に対する回答
統一教会ではサタンのことを「ルーシェル」と呼んでいるが、これは英語のLucifer「ルーシファ」の韓国語なまりからきたものである。もともと英語の「ルーシファ」は、ラテン語の「ルキフェル」からきたものであり、これ自体もなまったものである。ちなみにドイツ語では「ルチフェル」となる。

もともと外国語の発音をその国の言葉で忠実に表現しようとすること自体不可能なことである。それを原音に忠実でないから〈幼稚〉だなどといって騒ぐこと自体きわめて幼稚だと言わざるをえない。

なお、『講論』の日本語訳は「ルーシェル」であるが、韓国語では「누시엘=ヌシエル」(韓国語では語頭にくるㄹ音〈R〉はㄴ音〈N〉に変わる)であり、英語訳は〈Lucifer〉、ドイツ語訳は〈Luzifer〉、イタリア語訳は〈Lucifero〉となっており、それぞれ、その国の言語の事情から一様ではない。したがって、浅見氏の言うように〈ルーシェル〉は統一教会だけの隠語だなどというようなものでも何でもない。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より)

自然を観察すれば神様が分かるって本当? ②

地球 万物s和賀真也氏の批判

『原理講論』は自然界の中から神を知ろうとしているが、イエス・キリストこそ神を現わした方である。(和賀真也『統一協会―その行動と論理』209ページ)

批判に対する回答
ここで和賀氏が問題にしているのは、すなわち、自然を通して神の本質を知るよりは、イエスを通して知るべきだということです。しかし、こういう見解は数多くのキリスト教神学の中の一つの立場(根本主義)に固執した解釈で、歴史的な神学的課題である啓示と理性、啓示神学と自然神学という問題について、十分配慮されているとはいえません。

もちろん、私たちは、理性や自然界だけで神を十分に認識できるとは考えていません。堕落した人間が罪に陥っているゆえに、罪なき人(キリスト)を通してでなければ人間の側から一方的に神のすべてを知ることはできないことを私たちも認めます。

しかし、私たちは決して、キリストを通して示されるものだけが神の啓示だとは考えません。神はイエス・キリストによる啓示以前に預言者、祭司、知者を介して様々な方法で啓示されました。『新聖書大辞典』(キリスト新聞社1977年、454ページ)によれば、外面的方法として、夢(創37、40、41章、土師7:13、列王上3:5他)、しるし(士師6:36、列王下20:8他)、くじ(ヨシュア7:16、サムエル上10:20)などや、内面的手段として幻(アモス7~9章、イザヤ6章、エゼキエル37章他)、神の霊(エゼキエル、第ニイザヤ)などが挙げられます。また、パウロはロマ1:18、2:14、使14:17、17:27においてキリストによる啓示以外の一般的啓示を認めています。有名なスイスの神学者E・ブルンナーもロマ1:20に基づいて、神の創造における啓示を認めようとしました。

以上のような観点から、『原理講論』は自然界からも神の存在を知ろうとしているのですが、啓示という概念は重要な問題ですから、ここで、もう少しつっこんで考えておきたいと思います。

啓示とは、神の自己開示ということができますが、それには、①神がキリストの全存在を通して啓示されるもの、②人間の本心に語りかけられるもの、③自然界や被造世界に反映されるもの、などが考えられます。

しかし、人間の本性や神認識についての見解の相異によって様々な神学的見解が示されています。まず、カール・バルトのようにキリスト論的見方に基づき、①のみを啓示として認めるが、人間の神認識における理性は罪によって死んでおり、神を自然理性によって知ることはできないとして、②、③を啓示として認めない立場があります。

第二に、トマス神学は人間の神認識における理性は、病弱ではあるが、ある程度理性によって神を認識できるとして、①のほかに②③を認めます。また、トマス神学に準ずるルター派と改革派の古プロテスタント神学は、①を特殊的啓示あるいは超自然的啓示、③を一般的啓示あるいは自然的啓示と呼び認めました。

第三に、シュライエルマッハやキリスト教神秘主義は、①を特殊的啓示、②を一般的啓示とする立場を取ります。
このほかに、E・ブルンナーのように①の啓示のほかに②一般啓示、③創造の啓示とする考えや、アルトハウスの②を原啓示などとする考え方があります。

さて、私たちの考えは、バルトのようなキリスト論集中的な考え方はしません。私たちは、キリストに現れた神の特殊啓示①を中心として、ブルンナー流にいえば一般啓示②も創造の啓示③をも認めます。そして、一般啓示や創造の啓示は特殊啓示と矛盾するものではなく補完するものだと考えます。したがって、私たちは自然界を通しても部分的に神を知ることができると考えるわけです。和賀氏のような主張はキリスト教のすべてを代表しているとはいえません。

なお、『原理講論』の「創造原理」には、特に、キリスト論的視点からの言及のないのには別の理由があります。普通、キリスト教の教義学では、人間の堕罪以前の問題(創造の秩序に関する問題)と以後の問題(救済の秩序に関する問題)が、同時に論じられています。例えば、教義学において、初めに出てくる神論の中で既に救済の秩序に関するキリストや聖霊を含めた三位一体論が論じられ、また、次に出てくる人間論では人間の創造本然性と共に人間の罪の問題も論じられているという状況です。

しかし、『原理講論』では、それらが明確に区別せられ論じられています。例えば、「創造原理」では人間の堕落以前の創造の秩序に関する問題のみが論じられており、次の「堕落論」において人間の堕罪の問題が取り上げられています。そして、キリスト論を含めた救済に関する問題は、それ以後において出てきます。

このように『原理講論』のもっている表現形式は、神の真理を順序立てて理解するための優れた独特の形態をもっています。

このような理由で、「創造原理」の項目では、キリスト論的視点からの言及はなされていないわけです。それに対して、和賀氏はこのような『原理講論』の全体をよく理解しないで「キリストという言葉を完全に締め出している」などと感情的発言を繰り返していますが、何事に対しても、もっと広い視野から、公正で建設的な判断をしていただきたいものです。(梅本憲志・迫圉隆繁『統一原理批判に答える:和賀真也氏の批判を斬る』より)

統一教会の教義 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

原理講論 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

Amazon.co.jp: 原理講論―重要度三色分け: 世界基督教統一神霊協会: 本

アダムの年齢「930歳」やノアの年齢「950歳」を史実としている?

男女 ハテナs浅見定雄氏の批判
アダムの年齢「930歳」やノアの年齢「950歳」をみな史実としている(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』20ページ)。

批判に対する回答
この問題も前項の問題(人類歴史をたった6000年のことと見なしている)と同様である。アダムやノアの年齢も摂理的意味をもって象徴的に書かれているものであって、『講論』は彼らの年齢を史実とみなしていない。ところで、このように表現されてきた背景をいかに考えるべきか、以下に若干の考察を加えておきたい。

この種の年齢の問題に関しては、これまでにも、①ここで記載されている名前は個人のものではなく、世襲の家名であろう(例えば王朝のごときもの)、②ここでの1年は現在の12ケ月の1年よりもずっと短かったのではないか、③一般に太古の年表は文字どおりではなく象徴的数字で記載されていた、など様々な意見が出されてきたが、一般的に難解なところとされている。これについては『聖書の考古学』も、(この驚くべき年数の原因と意味は、……解き得ぬ謎として残っている」(講談社14ページ)としている。しかしながら、われわれに参考になると思われるのは、前述③項にも関係するが、これらの物語成立の背景をなすオリエント地方の神話に関する事柄である。

オリエントを中心とする古代社会の神話のほとんどには、洪水神話が含まれているが、そこでは人類誕生から洪水までの期間を10人の異常に長い寿命の王の名前で説明されている。例えば『聖書ハンドブック』(聖書図書刊行会71ページ)によれば、BC300年頃のバビロニアの歴史家ベロッソスは、マルドゥク神殿の記録保管所の古代記録から調べたものとして、一代で一万年から六万年を統治したとする以下のような十人の王を挙げている〈アロロース→アラパロス→アメロン→アムメノン→メガラロス→ダオノス→ユードラク→アメンプシノス→オチアルテス→クシストロス、そしてクシストロスの時に大洪水が起こった〉。

また、バビロンの南東ニップルで発見された五万枚からなるBC3000年代の粘土板と、ウルの北方の町ラルサで発見されたBC2170年に書かれた角柱(ウェルドの王朝角柱)には以下のような洪水前までの10人の名とその王たちの統治年数が記されていた〈アリュリム(2万8千年)、アラルマール(3万6千年)、エメンルアンナ(4万3千年)、キチュンナ(4万3千年)、エンメンガランナ(2万8千年)、ズムジ(3万6千年)、ジブジアンナ(2万8千年)、エメンズランナ(2万1千年)、ウブルランツム(1万8千年)、ジンスズ(6万4千年)、それから洪水が大地を覆った〉。

これに対して、聖書は創世記5章でアダムからノア(洪水)までの期間を次の10人の長寿の人物で説明している〈アダム(930歳)、セツ(912歳)、エノス(905歳)、カイナン(910歳)、マハラレル(895歳)、ヤレド(962歳)、エノク(365歳)、メトセラ(969歳)、レメク(777歳)、ノア(950歳)〉。

ところで、このような古代オリエントの神話と聖書の記事との類似性については『新聖書注解・旧約1』は次のような見解を紹介している「カスートは、この系図における歴史性の特徴をバビロニア伝承との比較を通して見ている。原初の世代の十人の頭についての伝承は、古代東方の諸国民の間に数多く存在していた。

バビロニア、エジプト、ペルシャ、インドの諸例のうち、よく知られているのがシュメール人の王のリスト、五章(創世記)の系図に最も近いのがバビロニアの王のリストである。後者は、洪水前後のそれぞれ十人の王たちについての伝承である。王たちの治世が一万年から六万年という大きな数字であることでは全く異質。しかしリストの七番目がアダムから七番目の〈エノク〉を思わせる人物、十番目が洪水物語の英雄で、同じ十番目の〈ノア〉に相当する人物であることなど著しい類似点もある」(いのちのことば社、104ページ)。

おそらくこのようなオリエントの各地に存在する類似した神話は、互いに影響を与えながらそれぞれ成立したと考えられる。
アダムからノアまでの十代については、合理的な理解の仕方として、この間の代表的な十人の人物が選ばれ、ある期間(神が啓示すべき意味を持った期間)を満たすため、長寿の年齢が彼らの上に表示されているのだと考えることもできるであろう。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より)

「ルーシェル」の存在は聖書の誤訳から生じた俗説?

AG_DE_HV_HL_39浅見定雄氏の批判
「ルーシェル」と言う言葉は、「明けの明星」に当たるヘブル語「ヘーレール」(輝くものの意)の誤訳から生じたものであり、後世のキリスト教で生まれた俗説であって実在するものではない(浅見定雄『原理講論の仮面を剥ぐ』17ページ)。

批判に対する回答
イザヤ14:12の「明けの明星」は、確かにヘブライ語原典では〈ヘーレール〉であり、その意味は〈輝くもの〉である。しかしながら、この言葉は〈黎明の子〉を意味するヘブライ語〈ベン・シャハル〉と対で使用されているのであるから、単に輝くものを意味しているのではなく、夜明けにおける輝くものであり、結局、明けの明星を意味している。

イザヤ14:12のヘブル語〈ヘーレール〉がラテン語に訳されるとき、ラテン語の〈Lucifer〉(「発光」、「明けの明星」の意)があてられ、それが英訳へと受け継がれてきたと考えられる。これは、誤訳というより意訳というべきものである。以下この部分についてもう少し詳しい考察をしてみたい。

このイザヤ14:12の聖句の背景には当時カナンに伝わっていたウガリット神話があることを学者は指摘している。例えば、『旧約聖書略解』には「カナンに流布されていたウガリット神話から取材したものである。ウガリット神話には夜明け、または、明けの明星の神シャハル〈夜明け〉のことやシャハルの子ヘラル〈明星〉のことが書かれてある」(日本基督教団出版局、675ページ)とあり、また『ATD旧約聖書注解18イザヤ書』には「ウガリットの人々においては、シャカルとシャリム、すなわち夜明けとたそがれの薄明かり、もしくは明けと宵の明星の対の神々の誕生についての典礼的な物語が見出される。……光を放ちつつ現れ出る明けの明星は、立ち昇る太陽の光によって色あせてしまう。カナン人もまた夜明けの薄明かりの神シャカルたる明けの明星が、雲居と星々のはるか上方に住まう至高の神の王座を覆そうと身のほど知らずにも思い上がったことを語っていたと見てよいだろう」(68~69ページ)と述べられている。

このようなことからも、イザヤ14:12におけるヘブル語〈ヘーレール〉は単に〈輝くもの〉の意とするだけでは、文脈からの理解としては不足であって、この言葉は明らかに〈明けの明星〉を意識して使われているといえよう。

ところで、浅見氏によると「ルーシファ」が、「天上から落とされた大天使」とか「サタン」であるという説明は、後のキリスト教で生まれた俗説であり、研究社の『新英和大辞典』では「イザヤ書14:12の誤訳から」となっている、と言うことであるが、ハーバード大学で博士号を取得したという聖書学者が、神学文献の代わりに英和辞典を引き合いに出すとは驚きである。

大辞典であれば権威があるというのであれば、『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)では「①天から落ちた傲慢な大天使:Satanと同一視される、②《文語》明けの明星 「morning star」とあり、『WEBSTRE`S NEW UNIVERSAL UNABRIDGED DICTIONARY』(published by New World Dictionerie/Simon & Schaster)という32万語からなる大辞典では、「①the planet venus, when it is the morning star. ②Satan, especially as the leader of revolt of angels before his fall.」とある。

念のため英語の辞書としては世界で最も権威があるといわれる『OXFORD ENGLISH DICTIONARY』(OXFORD UNIVERSITY PRESS)を見てもだいたい同じ意味の事が書かれている。これらの辞典は研究社の『新英和大辞典』にも引けを取らない大辞典であるが、むしろ『講論』に近い説明が書かれてある。しかしながら、いくら大辞典といえども専門書でないものをもって、われわれは云々するつもりはない。

さて、イザヤ14:12の「明けの明星」が〈天から落とされた大天使〉ないしは〈サタン〉を意味するかどうかという問題については、諸説のあることは事実である。確かに、この聖句は、直接的にはバビロンの王を指していると思われるが、しかし、それを通して、その背後にサタンをも示しているとの理解は、特に福音派の人たちから伝統的に支持されてきた。

例えば、ルネ・パーシュはサタンの起源に関して、「聖書は、多くの詳しい説明を与えていない。しかし、エゼキエル書28章12~27節と、イザヤ書14章12~15節の二個所で、聖書は、ベールの片隅を持ち上げている。預言者はツロとバビロンの王たちを越えて、そこに、これらの人物を自分の道具としている者を見る(イエスがヘテロに〈サタンよ、わたしの後に行け〉と言われたように)」(『再臨』いのちのことば社、182ページ)と述べており、また、『聖書教理ハンドブック』では、「少なくとも二つの聖句が、サタンの本来の性格を示し、彼が天から堕落したことを述べている、①エゼキエル書28章12~19節、……②イザヤ書14章12~15節……」(いのちのことば社、74ページ)と述べられている。

その他、『聖書ハンドブック』(いのちのことば社)には「ルシファー(明けの明星)の堕落がしるされている。〈明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。……〉この事は、次の主の言葉によってくり返されているのではないだろうか〈わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た〉(ルカ10:18、黙12:7~9と比較せよ)」(74ページ)と述べられている。

なお、『講論』が、サタンの存在や、天使長ルーシェルについて、これほどまでに確言する背景には、聖書における証言のほかに、文師自身が天界で体験してきた啓示的事実――文師自らが神と一問一答し、天界で人間の始祖アダム・エバに会い、サタンと対決しその中で与えられた事実――が存在する。おそらく、多くの人は、すぐさまこのようなことは信じられないであろう。実際、今日、サタンはおろか天使の存在さえ疑問とする人も多いのである。

多くの学者は、〈サタン〉という概念は、中間時代の「ユダヤ思想」において発展してきたものと指摘する。しかしこのことは、サタンの実在性を軽視する理由にはならない。なぜなら、このような“概念の発展”という問題については、ヘブライ人の「神観」についても同様のことがいえるからである。もし神の本質が漸次啓示されてきたと見ることができるならば、〈サタン〉と言う概念についてもそのようなことがいえないことはない。

サタンの実在性については、後期ユダヤ教のラビたち、原始キリスト教における新約聖書の記者たち、そしてそれに続く教父たちをはじめ、多くの伝統的な神学者、ルター、カルヴィンに至るまで、それを強調してきた。しかし、啓蒙主義の時代以降、神学者の間には、サタンや天使の存在を軽視する傾向の出てきたことも事実である。

しかしながら、昨今の複雑な世相を反映して、悪(罪)に対するこのような楽観的(リベラル)傾向に対し、もう一度この世の悪と言うものの背後にある「人格的な力」(サタンの実在性)を見直そうとする動き――例えば、ドイツのヘルムート・ティーリケやスウェーデンのグスターフ・アウレン――の出てきたことは大いに注目すべきことである。(世界基督教統一神霊協会・神学問題研究会編『統一教会への教理批判に答える:浅見定雄氏に対する反論』より)

『原理講論』のロマ1:20の「神の見えない性質」の解釈は間違ってる?

地球 虫眼鏡 観察s和賀真也氏の批判
『原理講論』では、ロマ書1章20節を引用し、自然界から神を知ろうとしているが、これは、パウロが言っている「神の見えない性質」という語句を誤って理解し、その上拡大解釈した結果である。(和賀真也『統一協会―その行動と論理』212ページ)

批判に対する回答
この問題は前出の問題に続くものですが、ここで同氏は、ロマ書1:20の「神の見えない性質」をいかに解釈するかということを問題にしています。

ロマ書1:19、20の、「なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」において、「見えない性質」を同氏は神の見えないという性質、すなわち、神の不可視性と解釈して、被造世界を見ても、神の不可視性という性質が分かるだけであって、まさにこの神の不可視性こそが神の永遠の力と神性なのだと主張しています。

ここで、まずいえることは、もし、このような和賀氏の主張を認めたとしても、結局、パウロは、神の不可視性にしろ、被造物を通して神の神性と能力が理解できると言っていることになり、パウロも自然界を通して神を知るという一般啓示を認めていることになります。しかし、この聖句をよく読んでみると、和賀氏が言うように単に神の不可視性だけを問題にしているとは思えません。

ここにおいて「目に見えない性質」というこの聖句の解釈が問題となってきますが、『新聖書注解』(いのちのことば社刊、1977年、新約)はこの聖句について次のように釈義を加えています。

「(目に見えない本性)は、“神の目に見えないということ”不可視性とも読める言葉であるが(山本泰次郎)、やはり、人間の肉的な存在や本質とは根本的に違う神の聖なる本質のことであると理解するのが良い。神の聖なる本質、〈すなわち、神の永遠の力と神性〉は、神の被造物である自然においてはっきりと認識することが出来る。

すなわち、パストゥールの告白のように自然を通じて、またカントのことばのように人間の良心によって、神の聖なる存在と偉大な力を知ることができるのである。つまり、人間は、自己の肉的感覚によってではなく、神の自然啓示において神を知ることができる。したがって、人間には全く弁解の余地がない。〈知られ〉(ギノウーメナ)は知的に、〈認められる〉(カソラータイ)は感覚的に、それぞれ認識することであり、人間があらゆる意味において神を認めることができるように、神は自らを明らかにあらわしておられる。知的にまた感覚的に認識できるということは、イデオー(直観的認識)ではなく、あくまで神のかたちにつくられた人間としての倫理的、霊的認識のことである。

さて、そのように神が自らをはっきりと啓示されたのは、人間が神に対して言いのがれをすることのできないためである」
また同書のロマ書1:19の注解には「人間は、神につくられた者として、神に関して正しい知識を持ち、神との正しい関係と心からの感謝を持たなければならない。〈神について知りうること〉(ト・グノーストン・トウーヤワー)とは、神について知ることのできることではなく、神について知られていることである(J・ノックス)。

すなわち、神にかかわる客観的な知識であり、それはすべての人間に明らかにされている。なぜなら神ご自身がそれを人間に明らかに示しておられるからである。それは自然啓示においてであり、生物学者パストゥールは、“この美しい自然と生物の研究は、私にとって自然をつくりあげた全知の創造者の存在を知る道であった”とあります。以上から見てもパウロは一般啓示(自然啓示)を認めていたと解釈するのが妥当と思われます。その他、高柳伊三郎氏も『新約聖書略解』(日本基督教団出版局刊、399ページ)において「パウロは今日の神学でいう『自然神学』あるいは『一般啓示』を認めているようである」と述べています。

また、私たちは聖書を見る時、次のような聖句に出会います。例えば詩篇19篇1節「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす」とか、97篇6節「もろもろの天はその義をあらわし、よろずの民はその栄光を見た」など。ここに見られるような神の一般啓示の思想をパウロも継承していたといえるでしょう。

和賀氏の考え方はバルトの『ロマ書講解』に基づいていますが、バルトは自然神学を一切認めないことで有名で、それゆえ、「神の不可視性」などと、無理な解釈を試みています。しかし、このような考え方がキリスト教会の全体を代表する考えとはいえません。したがって、和賀氏の指摘もまた、十分客観性をもつものとはいえません。(梅本憲志・迫圉隆繁『統一原理批判に答える:和賀真也氏の批判を斬る』より)

統一教会の教義 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

原理講論 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

Amazon.co.jp: 原理講論―重要度三色分け: 世界基督教統一神霊協会: 本